プラントベースは“ブーム”の次へ。 経営学者・入山章栄が語る、ウェルビーイング時代の食の選択

公開日: 2026.5.29

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“体を大切にしたい”気持ちは、食をどう変える?


編集部:
近年、プラントベースや腸活、インナービューティなど、「食と健康」への関心が高まっているように感じます。入山教授は時代の変化をどう見ていますか?
入山氏:
時代は「見た目重視から内臓への関心」に移っています。ウェルネスやインナービューティの時代になってきた、と感じますね。その背景に、人々が「何を持って豊かな人生と考えるか」が変わってきていることが挙げられます。以前は経済成長そのものが価値でした。より多くのモノを持つこと、より便利になることが豊かさにつながっていた時代です。でも成熟社会になると、人は単純にモノを増やしたいわけではなくなります。
その代わりに、
「健康でいたい」
「心地よく暮らしたい」
「長く元気に働きたい」
といった価値が大きくなってくる。いわゆるウェルビーイングですね。食への関心が高まっているのも、その流れの一部だと思います。
なぜなら、食は誰もが毎日必ず向き合うものだからです。人生をより良くしたいと思ったとき、運動を始めるよりも、生活環境を変えるよりも、まず食事を見直してみようと考える人は多いのではないでしょうか。
近年は腸内環境の解析や遺伝子検査なども身近になり、自分の体をデータで理解できるようになってきました。病気になってから治すのではなく、日頃から整えるという考え方も広がっています。
企業側もその変化を見ています。以前は医療、食品、美容は別々の市場でしたが、今はすべて「ウェルビーイング」という大きなテーマの中でつながり始めている。そのため、製薬会社がインナービューティや食品領域に力を入れる、食品企業が健康価値を提案するといった動きが増えています。

食べ物は「習慣」。だから市場もゆっくり育つ

編集部:
2019年前後、海外に続き日本でも代替肉や植物性ミルクなどをきっかけにプラントベースへの注目が大きく高まり、多くの企業が参入しました。現在は、ブームというより、少しずつ生活に定着していくフェーズに入っているようにも感じます。プラントベースの日本市場をどのように見ていますか?
入山氏:
私はむしろ、想定どおりの動きだと思っています。プラントベースに限らず、食の市場は独特で、新しいテクノロジーやデジタルサービスのように一気に普及するものではありません。人間の食習慣そのものが、非常に変わりにくいからです。
経営学では、何かを別のものへ切り替えるときの負担を「スイッチングコスト」と考えます。例えば動画配信サービスやスマートフォンのアプリなら、「こちらのほうが便利だ」と思えば比較的簡単に乗り換えられますよね。
一方で食事はそうではありません。味覚の好みもありますし、家庭の献立や調理方法もあります。家族が食べてくれるかどうかもある。さらに地域ごとの食文化や、子どもの頃から慣れ親しんだ味の記憶もあります。つまり食は単なる商品選択ではなく、生活習慣そのものなんです。だから2019年に注目されたからといって、数年で市場全体が大きく置き換わることはありません。むしろ少しずつ選択肢として定着していくほうが自然だと思います。実際、企業のプラントベースへの取り組みは続いています。急拡大というより、生活者の価値観の変化に合わせながら、じわじわと市場が育っている段階だと見ています。
編集部:
確かに、キユーピーの調味料やカゴメのレトルト食品、ミツカンのZENB、ローソンやファミリーマートなどのPB惣菜やおやつなど、「プラントベース」「植物由来」とうたう商品を目にする機会が増えました。市場がじわじわと育っている変化は、どういった点からみてとれますか?
入山氏:
コンビニの棚ですね。常時3000点ほどの商品が並び、毎週約100点以上の新商品が発売され、1年で7割以上の商品が入れ替わると言われています。消費者が何を求めているかがよく分かるんです。そうした変化の激しい売り場の中でも、高タンパク商品やプロテイン飲料、糖質オフ・脂質オフをアピールするなど健康を意識した商品は確実に存在感を増しています。健康意識が確実に高まっている流れの中でプラントベースも少しずつ浸透していくと思います。

「環境にいい」だけでは、人は買わない

編集部:
プラントベースは環境負荷軽減の文脈でも語られます。その価値は市場を広げる力になるのでしょうか。
入山氏:
環境への取り組みはもちろん重要です。ただ、人は社会的意義だけで商品を買うわけではありません。環境問題が大切だと考えている人は少なくないですが、実際の買い物では、「環境に良いかどうか」だけでなく、「おいしいか」「価格に納得できるか」「家族も食べてくれるか」「続けやすいか」など、さまざまな要素を同時に判断します。
例えば、環境負荷の低い商品だと理解していても、価格差が大きければ別の商品を選ぶこともあります。あるいは健康への効果やおいしさを実感できなければ、継続購入にはつながりにくいでしょう。
社会的意義があることは重要ですが、それだけでは市場は大きくなりません。生活者自身が価値を実感できることがあって初めて、商品は日常の選択肢として定着していくのです。これは当たり前のことなんです。だから企業は、「環境にいいから買ってください」だけでは難しい。
編集部:
では何が必要なのでしょうか。
入山氏:
シンプルですよ。「ひとつめにおいしいこと。ふたつめに自分にメリットがあること」です。健康のためでもいい。美容のためでもいい。体が軽く感じるでもいい。生活者が価値を実感できることが大事です。最終的には、「おいしいから食べる」がいちばん強いと思います。

どこで売るかより、誰がどう選ぶか

編集部:
では、企業はプラントベースをどのように広げていけばいいのでしょうか。
入山氏:
私は売り方にも工夫の余地があると思っています。食品スーパーの棚で勝負することだけが正解ではありません。スーパーでは、多くの人が日常の買い物をしますから、どうしても価格や慣れ親しんだ商品との比較になります。
一方で、プラントベースを積極的に選ぶ人は、「健康を意識したい」「アレルギーを持っている」「環境に配慮したい」など、明確な目的を持って商品を探していることも多い。そう考えると、EC(オンライン販売)の方が相性の良い商品もあるかもしれません。自分で情報を調べ、納得して継続的に購入する人に届けやすいからです。
また、国内で広く認知を取ろうとするだけでなく、海外市場を視野に入れることも重要でしょう。日本ではまだ小さな市場でも、世界に目を向ければプラントベースへの関心が高い国や地域はたくさんあります。当然ながら、海外ではブランドの見せ方も変わります。日本での売り方をそのまま持ち込むのではなく、その国の価値観に合わせたブランディングが必要になります。
編集部:
確かに、日本企業でも海外市場に合わせて植物性食品を展開したり、宗教・嗜好への配慮を取り入れた商品開発が増えていますよね。
入山氏:
店頭では、売り場の発想も変えられるかもしれません。
たとえば、プラントベース専用コーナーをつくるのではなく、ワインのおつまみ売り場にプラントベースのジャーキーを並べる。「プラントベースだから買う」のではなく、「おいしそうだから買う」という入口ですね。
生活者は必ずしもカテゴリーで商品を選ぶわけではありません。どんなシーンで食べるのか、どんな体験を提供できるのか。そうした視点で考えることも大切だと思います。

日本はもともと“プラントベースフード大国”

編集部:
海外ではプラントベースが新しい食文化として広がっています。日本の状況と異なる点はありますか? 
入山氏:
日本にはもともと豆腐や納豆、味噌がありますよね。昔から植物性の食品を上手に取り入れてきた国なんです。だから、「肉か植物か」という対立構造にはなりにくい。
今日は肉。明日は豆腐。
そんな自然な形で共存していくほうが日本らしいといえます。
編集部:
確かに日本の食卓はどちらかを排除する文化ではないですね。
入山氏:
そうなんです。だからプラントベースも特別なものとしてではなく、日常の選択肢として広がっていく可能性があると思います。

出汁文化がヒントになるかもしれない

編集部:
最近は「背徳グルメ」が話題になる一方で、「ギルトフリー」という言葉も定着しています。健康への関心が高まっているのに、刺激的なおいしさも求める。この矛盾はどう考えればいいのでしょうか。
入山氏:
私は矛盾ではないと思っています。人間は健康になりたいし、おいしいものも食べたい。どちらかを完全に諦めたいわけではないんです。だからこそ日本特有の出汁文化はおもしろい。強い刺激だけでなく、うま味や香りで満足感をつくることができるからです。
編集部:
先生は以前から日本の出汁文化に注目されていますね。
入山氏:
日本の出汁は世界に誇る文化だと思います。人間は本来、刺激の強い味を好みます。油や糖は分かりやすくおいしいですから。でも日本には、素材の旨みで満足感を生み出す文化があります。食卓でお味噌汁やお吸い物を飲むとほっとしませんか。こうした味覚の土台は、日本の食文化が生み出した強みだと思います。だからこそ日本では、プラントベースも「我慢する食事」ではなく、「おいしく満足できる食事」として広がる可能性があるのではないでしょうか。

プラントベースは「特別な選択」ではなくなる

編集部:
最後に、10年後のプラントベース市場をどう予想しますか?
入山氏:
私は、もっと自然に存在するものになっていると思います。「プラントベースだから買う」というより、「おいしいから選ぶ」。そういう商品がますます増えていくのではないでしょうか。食習慣はゆっくり変化していきます。だからこそ、一度定着すると強い。人生100年時代、健康を意識する人はこれからも増えていくでしょうし、プラントベースフードもその選択肢のひとつとして広がっていくと思います。

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入山章栄(いりやまあきえ)
早稲田大学大学院経営管理研究科(早稲田大学ビジネススクール)教授。専門は経営戦略論、国際経営論、イノベーション論。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院修士課程修了後、三菱総合研究所を経て、米国・ピッツバーグ大学経営大学院でPh.D.(博士号)を取得。米ニューヨーク州立大学バッファロー校助教授を経て現職。企業のイノベーションや新規事業、価値創造を研究する一方、ロート製薬やコープさっぽろなど複数企業の社外取締役・アドバイザーを務める。著書に『世界標準の経営理論』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』、池上彰氏との共著『宗教を学べば経営がわかる』など。

鵜飼恭子

&kitto編集長

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美容誌MAQUIAの編集者を経て、美容ジャーナリスト。10代に正しい美容を早期に伝えるイベント「TBZティーンビューティゼミ」主催。香り診断(嗅覚反応分析士)で心身バランスを可視化するサービスやセミナーを企業や大学、医療機関で行う。子どもの頃は帰宅してまず「かつおぶし削り」のお手伝い。お菓子や味噌など食をはじめ、衣服やインテリアなども母の手づくりで育つ。その反動で20代の食生活は乱れるが、出産を機に見直す。日本フェムテックマイスター協会評議員、嗅覚反応分析アンバサダー、MBA(経営管理修士)

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